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サロンパスを買うべきか否か

肩凝りが酷い。
ここ数日何も感じなかったのに、ちょっとゲームに熱中したら肩凝りが酷い。
湿布をすればマシになるけど、そろそろ在庫切れの予感。
ここで悩むのは何を買うか、だ。
複数使いで凝りを和らげるのはサロンパスタイプ。
一枚の面積が小さい分、小回りはきく。
一方、少しお高い商品は若干面積広め。
肩(又は腰)に貼るには最適な大きさ。
でも、薬剤は強いのよね。
腰痛が酷かった時には助かったけど、肩凝りレベルで貼るのはどうかと。
悩むなぁ。
ピンポイントで貼りやすいのは断然サロンパスで、素直に購入すれば済むことなんだけど。
肩凝りに悩むみなさんは何を使っていますか。
一度聞いてみたい衝動に駆られている。

複数アカウント

Facebookアカウントを二つ所持している。
決して褒められた話ではないが、所詮閲覧用と割り切り、現在も維持している。
で、互いを友達として登録し、それ以外の人とは一切交流していない。
あくまで情報収集のみ。
だからだろうか、Facebookサイドからは「知り合いですか?」と言わんばかりに複数の男女を紹介される。
大半が全く面識のない相手であり、ごく稀に「本当に知り合いかも?」と思われる名前が混ざっている。
勿論、無視するけど。
下手に繋がると厄介なことはわかっているし、だったらリアルな人間関係だけで十分だ。
そんな私でも、従兄弟の名前が出てきた時はかなり引きつった。
本人かどうかは定かではないが、「あなたもやっていたの?」と一瞬思ったのは事実。
ただ、同じ名前が二回も表示されたので、単なる同姓同名の可能性はある。
従兄弟もまた複数アカウントを管理していれば話は別だが。
(私がアカウントを維持する理由はLINEゲームを楽しむ為にある)
 

大切なものは何だろうか

「お世話になっております。
会員番号×××の閉月羞花と申します。
この度は更新手続について確認させていただきたいと思います。
 
記憶違いでなければ、毎年1月が更新月であったと記憶しております。
昨年度よりメールでの連絡と伺っていますが、今日現在更新に関する案内が届いておりません。
会員としての活動を怠っていた為、存在そのものを忘れてしまわれたのでしょうか。
はたまた手違いで送信するのを忘れていたとか。
何れにせよ、私の手元には一切の連絡がなく、当然更新手続も済ませておりません。
年末ぎりぎりになって気が付いた私にも非がありますが、今一度確認していただくことは出来ませんでしょうか。
因みに、迷惑メールフォルダに分類された事実はございません。(定期的にチェックしております)
お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。」
 
 
 
私が会員として登録している某協会に対し、昨夜このような問い合わせのメールを送信する。
勿論、実際にはもう少し事務的な文面だ。
一個人としては「更新案内はメールで送信」する時点で疑問を感じているが、それ以上に憤りを覚えているのが11月に行われた規約変更。
事前の連絡は一切なく、たまたまログインした会員専用サイトでその事実を知った次第。
以前よりだらしのない組織であると認識していたものの、まさか社団法人となった今でもいい加減な処理を行っていたとは!
幾らSNS等で実績をアピールしても、内情がこれでは信頼することは出来ない。
年会費が倍額になっていたこともあり、対応次第では更新手続を行わないことも考えている。
というか、登録していてもメリットがなさそうだしね。
 

騙される側の心理

以前から不思議に思っていたことがある。

神様を信じた所で必ずしも救われないのに、何故人々は神様の存在を信じることが出来るのだろうか、と。

時には異教徒を迫害し、時には神の名の元に殺戮を繰り返す宗教。

それでも疑うことなく、その教えの全てを受け容れられるのは何故なのだろうか、と。

信仰心の欠片もない私にとって、それは一種の洗脳にさえ思える。

特に新興宗教を信じる人の多くは何処か視野が狭くて、出来れば関わりたくないといった印象を抱くことが多い。

隙あらば仲間に引き込もうとする魂胆が見え見えで、それ故彼らに対しては強い不信感がある。

勿論全ての人がそうではないことぐらいわかっているが、信仰心が強くなればなるほど相手に対する押し付けが強くなるのは気のせいだろうか。


話はがらりと変わるが、私が時折閲覧しているSNSに、某アイドルの成りすましが現れた。

彼は定期的に画像を投稿し、それらしき言葉を残していく。

今日は××の収録がある。

今日は××で挨拶をした。

今日は××の日だから、出没頻度は低下する、等々。

大半のユーザーは「どうせ偽者でしょ」と言わんばかりに相手にしていないようだが、中には本気で信じる人もいるようで「忙しいのに、ありがとうございます」などとコメントしているから寒気がする。

というか、どうすれば簡単に信じることが出来るのだ?

そこで思い浮かんだのが、信仰を持つ人々の心理だ。

物心ついた頃からそういった環境に置かれていたならまだしも、大人になってから信仰心を持つようになった人々は何を切っ掛けとして宗教を受け容れたのか。

それは心の空洞を埋める為か。

生涯をかけても解明出来ない命題の答えを見出したからか。

はたまた心が弱っていた時にたまたま声をかけられただけか。

何れにせよ、信仰にのめり込むことには変わりがない訳で。

乱暴な言い方をするなら、必ずしもその教えが真実である必要はなく、自身にとって心地良い教えであれば無条件に受け容れてしまう嫌いがある。

であるならば、成りすますの言葉を真に受ける人々の多くは「自分が欲しい言葉を与えてくれる」からこそ本人であると信じることが出来るのだろう。

冷静に考えれば「こんなSNS」(まともな芸能人ならInstagramTwitterFacebookを選ぶと思われる)に出没する筈がないことぐらいわかりそうなものなのだが。



iPhoneから送信

どうでもいい悩み

iPhoneの待受で悩んでいる。

厳密にはロック画面。

お気に入りの画像を設定するのが一番だけど、肝心の時刻が読めない。

時計を忘れることの多い私には死活問題なのだ。

でも、画像は気に入っている。

お気付きの方もいるだろうか、某アイドルの、アルバム購入者特典(ツッコミどころ満載だが、それについては触れない)の待受画像なのだ。

如何にも◯◯らしいデザインに、こちらの顔もほころぶ。

ただ、全体にゴチャゴチャしていて、ロック画面にするにはちょっと。

そこで、私は考えた。

画像そのものをスモーク状態にすれば良いのだ、と。

雰囲気はそのままに、知らない人が見たら何の画像かわからない状態。

これなら堂々と使えるし、ブログに載せても支障はない。(載せないけど)

幸い便利なアプリがあるので、明日にでも加工してみよう。

所詮、自己満足だけど。

iPadから送信

証拠を残す

昨日のことである。

いつものように出勤した私が目にしたのは、1通の封筒。

但し、中身はない。

宛名部分に書き込みがあり、住所変更について連絡するようにとある。

確か移転したのは今年の3月。

封筒の差出人にも連絡済なのだが。

で、私はWordを立ち上げ、文書を作成する。

まともな会社であれば、電話一本で済む。

まともな会社でないからこそ、未だに修正出来ないのだ。

だったら、証拠が残る形で連絡するしかない。

そう、FAXだ。

差出人がどういう体質かは熟知している。

口頭で伝えるよりも文書の方が効果的なのだ。

それにしても、と、私は思う。

いみじくも税理士事務所を経営しているならこれぐらいのこと(顧客の情報の管理)はきちんと処理すべきではないのか。

事務員だって複数いるのだから、顧客名簿ぐらい書き直せるだろうに。

きっと社長も今まで我慢していたのだ。

我慢していたけど、いい加減呆れてしまったのだ。

だから、私の元に指示がきた。

今度こそは修正して欲しいものだが、相手が相手だけにどうなるかはわからない。

それでも修正しない場合は電話で抗議することになるだろうな。

文書に日付を入れておいたのは正解だったかも。

iPhoneから送信

私を幸せにするピアス

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何年前だったろうか、友人よりピアスを贈られたことがある。
色といい、デザインといい、私の好みにぴったり。
あまりの嬉しさに小躍りした程だ。
普段はシンプルなピアスをつける私だが、ここぞという時にはこのピアスを選ぶ。
気持ちが引き締まるし、何度か幸運を引き寄せてくれた。
そんなピアスを今日はつけて出掛けた。
どうしても引き寄せたい幸運があったからだ。
それは制作解放席。
希望するチケットを入手出来なかった私にとっては最後のチャンスだった。
二年前にも一度チャンスはあったが、残念ながら生かすことが出来ず。
今度こそは…の思いを込めて、このピアスを選んだのだ。
そして、夕方に結果が届いた。
ラストチャンスをモノにしたのだ。
やったね。
諦めていただけに、喜びもひとしお。
気分良く、明日はライトを買いに行く予定。
きっとスムーズな買い物が出来るさ。