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嫌なものは嫌。(駄)

それは私がまだ会社員だった頃の話。
当時の支店長はこれまで一度も投票所に足を運んだことのない強者だったが、仕事上の都合により、ある候補者を全面的に支持することとなった。
勿論、会社ぐるみの応援である。
選挙運動の手伝いにこそ行かなかったものの、事務所開きの際にはお祝いの酒を送り、各社員には後援会名簿への記名を要求してきた。
それは女性社員とて例外ではなく、選挙区内に居住する者は皆名前を書き記したが、その時「何故ご両親の名前を記入しないのだ?」と詰め寄った社員がいた。
多くの社員が躊躇いもなく配偶者の名前を記す中、私一人が「両親は両親、私は私ですから」と言い切ったのだが、誰一人としてその行為を理解しなかった。
「会社の為にも、両親の名前を記入すべき」と言い張るのである。
おいおい、冗談じゃないぜ。
百歩譲って「対等な立場」である配偶者の名前を記すことは黙認出来ても、「対等な立場ではない」両親の名前を記すのは傲慢であり、仮に私が実質的な世帯主であっても慎むべき行為である。
恐らく両親とて何処かの後援会に(不本意ながらも)名前を載せているだろうし、当人の承諾なしに記名する度胸は少なくとも私にはない。
ということで、最後まで自分の主張を貫き通したものの、しばらくの間居心地が悪かったことは言うまでもない。
ま、今なら多少のことには目を瞑ることが出来る私だが、当時は「納得のいかないことは嫌」と突っぱねたものだ。
お陰で変わり者の異名をとったが、その本質は今も変わっていない。
ただ、そういうのが理解出来ない人が少なからず存在することを知っているので、表面上は「いいよ」と答える術を身に着けたに過ぎない。
そんな私であるが、未だに「断固拒否」する事柄がある。
それは「宗教絡みのお誘い」である。
つい先日も、とある新興宗教が主催する講演会へのお誘いを受けたが、きっぱりと断っている。
理由は「興味がないから」。
尤も、そんな理屈が通じる相手じゃないので、実際には「予定がある」と伝えているが、それでもしつこく誘いの電話がある。
どうやらノルマがあるらしい。
内心「信者も大変だね」と同情しつつも、自分の信念は曲げられないので一切無視する私がいる。
本気で入信したい、その教えを請いたいと思わない限りは足を踏み入れることはないし、それが信仰というものだと信じているからだ。
そもそも宗教というのは人の心を支えるものであって、間違っても宗教団体そのものを支えるものではないのだ。
まして信者にノルマを課すとは本末転倒。
「うちは似非宗教です」と自ら名乗るような話である。
それでも信じる人にとっては「救い」があるだろうから、そのことについて責めることはない。
ただ、興味のない人間に対してしつこくアプローチするのはやめて欲しい。
そんな当たり前のことすら理解出来ない信仰など本当の信仰じゃない。
目の前で言い放つことが出来たならば、さぞかし気持ちが良いだろうけど。