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馬の耳に念仏

似非関西人」なる言葉があるらしい。
少なくとも私の周囲ではそのような言葉を発する人はいないし、必要以上に「関西人」に拘る人も存在しない。
それ故「似非関西人を炙り出す言葉」がラジオ番組で紹介された時には内心呆れてしまったほどだ。
パーソナリティ曰く「関西人ならすぐにわかる」言葉ばかりというが、テレビ等で見聞きしている人なら似非関西人であっても答えることが可能であるし、逆に生粋の関西人であっても知らない人は知らないだろう。
その程度の事柄で似非関西人か否かを決めつけられても困るし、それ以前に似非関西人を炙り出すことに何の意味があるというのだ。
とはいえ、抗議の投書を送るつもりはない。
「過剰な反応」と切り捨てる姿が目に浮かぶし、この手の人には「悪気の無い言葉」ほど他人を傷付けることなど到底理解出来ないだろう。
因みに私は「似非関西人」。
20年以上も生活しているから、それなりに関西弁を操っている。
それでも「生粋の関西人」は私をニセモノだと嘲笑うのだろう。
ひいては差別意識(若しくは選民意識)の繋がる危険性を孕んでいるというのに。