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投影された幻想

時に人は、身勝手な幻想を他人に投影し、その幻想が壊れた瞬間烈火の如く怒り出す。

彼らの言い分はこうだ。

「私の知っている○○さんはこんな人ではなかった。」

「こんな言葉を発する人とは思いもしなかった。」

「もっと気持ちの優しい人だと信じていたのに。」等々。

恐らく同様の言葉を投げかけられた瞬間、彼らはきっとこう叫ぶだろう。

「勝手にイメージを膨らませた癖に!」と。

かくいう私もそうした嫌いがあり、自己嫌悪に陥ることもしばしば。

尤も、そうしたイメージを抱いてくれること自体有難いことと割り切るならば、それはそれで悪くない話ではある。

勿論、この場合のイメージは「過大評価」に限るが。

そんなことを思い出させてくれるような出来事が、とある有名ブログで発生した。

基本、コメント欄には目を通さないようにしている私なのだが、その日投稿された記事とリンクしていたこともあり、それならば…と一連の流れを読み込んでみる。

或る意味第三者的な立場からすれば面白いほどに炎上している。

自分にとって不利益なことが生じた為、声を上げずにはいられない人。

反旗を翻す人に対して異論を唱えずにはいられない人。

盲目的な信者と思われる人もいれば、醒め切った眼で騒動を眺める人もいる。

彼らに共通するのは、ブログ主に対する一種の幻想。

ある人はイメージ通りの言動だと叫び、またある人は何か違うと発する。

ある人はそろそろ卒業の時期と呟き、ある人はそんな声を揶揄する。

そこから何を感じるのかが大切だろう。

私は信者ではないから、醒めた視点で眺める。

けれど、これが好きなアイドルのことになると話は別。

既にイメージが低下したアイドルもいる。

(幻想であることはわかっているが、暫くは顔も見たくない)

そんな折、出会った書物。

書家の武田双雲氏が書いたもので、ちらっと立ち読みした段階でストンと落ちるものがあった。

多分、様々な書物で書かれている話。

けれど、彼の言葉は私の中に入ってくる。

理由はわからない。

スピリチャルとは無縁な点が良かったのかも。

いずれにせよ、朝の出勤前には読み込むことにしよう。

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