募金について考えてみた。

街頭募金が苦手だ。
大声で呼びかけること自体が嫌なのだが、それ以前に然るべきところにきちんと届けてくれているか否かが曖昧なのが嫌だ。
というか、街頭に立つ人を信用出来ない。
流石に赤い羽根募金は信用するが、それでも実際の寄付には違う方法を選ぶ。
これが私の拘りだ。
尤も、他人に説明しようとは思わない。
理解されないことが明白だし、私自身論理的に説明する自信がない。
さて、私がまだ若かった頃、当時の勤務先で募金を呼びかけられたことがある。
金額は僅少だったし、払うことには抵抗はない。
ただ、その目的は明確にしたかった。
そこで「何に対する募金?」と尋ねた。
当然のこと、と私は思っている。
ところが、相手にとってはそうではなかった。
募金の趣旨を尋ねること自体が不自然なことだったのだ。
あの時の微妙な空気は朧気に覚えている。
以来、多少のことは呑み込んで相手に合わせることも必要だと悟った。
故に、町内会経由で依頼があった募金には原則協力する。
場の空気を壊すのは嫌だし、そもそも素性のはっきりした募金しか回ってこないので。
一方、駅前などで呼びかける募金は一切関わらない。
身分証明書を確認出来れば話は別だが、そこまでするのも如何なものか…と自分でも思うので。