踵を返す

ほぼ日手帳の詳細が明らかになった。
幾つかの仕様が変更になり、それに対して不満を募らす声もちらほら。
最初は黙って読み流していたが、次第にそれらの声はエスカレート。
お前、何様なんだよ?と突っ込みたい気持ちに駆られてしまった。
いや、気持ちはわかるのだ。
長年使い続けてきたからこそ、変わって欲しくない部分があることも。
今年がそうであったように、来年もそうであることを疑うことなく信じていたことも。
けれど、私たちはわかっていた筈だ。
通常の手帳とは違い、この手帳に「定番」はないことを。
「変わらないこと」を前提にするのではなく、「常に変わり続けること」を前提としていることを。
必ずしも好ましい変化とは限らないけど、それをも受け容れつつ、自分流に使い倒していくこと。
それこそがほぼ日手帳というものではないだろうか。
不満を述べるのは構わない。
吐き出すのも構わない。
けれど、私たちには他の手帳を選ぶ選択肢も残されているのだ。
今年の改変に不満があるなら、違う手帳を検討すればいい。
多くの手帳は「変わらないこと」を前提としているから、きっと今回のような不満が生じることはない。
全ての人の希望が受け容れられない以上、あくまで「ほぼ日らしさ」を追究することが企業としての姿勢になるだろう。
嫌なら嫌で、立ち去ればいい。
そんな声すら聞こえてきそうだ。
 
ところで、これと似たような書き込みを某コミュニティでも見かけたような。
ターゲットとなる商品こそ違えど、結局は「自分が期待していたものとは乖離している」ことに対して不満を募らせ、私たちはこういうものを望んでいるのだ!と声を上げる人々。
そんな彼らを見苦しいと思う私は何処か歪んでいるのだろうか。
まずは受け容れ、どうしても受け容れられない時は黙って踵を返す。
それで十分ではないか。