そして、彼は「商品」となる。

その写真には挑むような色気があった。
お前はどうなんだい?と問いかける色気があった。
勿論演出に過ぎないのだが、その写真を見た多くの女性は一瞬ドキリとしたことだろう。
挑発的に見つめる瞳は明らかに読者を刺激している。
「性の商品化」とはこういうことか、と私は初めて合点した。
 
遠い昔、ミスコンに異議を唱えた女性(都議会議員だった気がする)がいた。
当時はかなり話題になったけど、生憎興味がなかったのでどういう趣旨だったかまでは把握していない。
ただ、ミスコン=女性の商品化につながるといった発想が理解出来ず、美人コンテストぐらい自由に行えば良いのに…と考えていた。
事実、自分は美人であるといった自覚のない人は応募すらしないだろうし、公の場で評価されることに歓びを見出せるならそれで良いじゃないか、とも。
けれど、見る人が見ればアレも「商品化」の一環だったのだ。
人格などどうでも良く、兎に角見た目さえ美しければそれでいい。
彼女たちに求められるのは人形のような美しさであり、人間的な魅力じゃない。
 
一方、私たちがアイドルに求めるのは「イメージ通りの生き様」。
本当はケーキ大好きでも、イメージ戦略に合わなければケーキが苦手な振りをする。
本当はステーキ大好きでも、食事は野菜中心をアピールしてみたりする。
そうした演出込みで私たちはアイドルを支持し、その見返りに対価を払う。
これもまた、「商品化」の一つ。
 
女性が隠し持つ(若しくは気付いていない)欲望を刺激するポーズを被写体に要求する。
それは被写体の人格を無視する行為であり、被写体に対し「商品」に徹することを求める行為なのだろう。
そして多くの女性がそれに乗っかり、「カッコイイ」「色気がある」と持て囃すのだ。
(かくいう私もその一人だ)
これは恥ずべきことであり、自分でも情けない。
誰しもが持ち合わせる感情とはいえ、被写体となった人を思うと申し訳ない気持ちになる。
唯一の救いは被写体自身は何も感じていないこと。
だからこそのポージングなのだ。